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「ゲームデザイン脳 ―桝田省治の発想とワザ―」感想 6/11

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「システムでドラマを生成する - 俺の屍を越えてゆけ」の部より

「着想を企画書に落とす」(8ページ)で、「俺の屍を越えてゆけ(以下、俺屍)」では、まず世代交代というテーマに合う部品を吟味し、その部品を活かすべく「短命の呪いをかけられた一族が宿敵を討つ」設定を考えていった過程を紹介した。
では、この設定には、どんなドラマがふさわしいだろう。
いろいろ考えられるが、たとえば、成長した子供が親の体力や記録を抜いていく瞬間を見る、なんてのは実に感慨深い。
僕が選んだドラマは「親の仇を子供が討つ」だ。
ただし、これを誰もが等しく見るシナリオとしてゲームに組みこもうとは思わなかった。
そういう手法は、映画や小説のほうが適している。
それに俺屍を制作していた頃の僕は、「システムでシナリオを凌駕するドラマを生成できないだろうか?」という命題に挑戦していた。
僕が実際にやったのは、親の仇を子供が討つ状況がゲームのどこかで起きやすいシステムとバランスの構築だった。
親の仇を子供が討つという状況が発生するには、戦術で補えないほど親の戦力を上回る敵がいる状態のあとに、その敵の戦力を成長した子供の戦力が上回る状態が時間差で現れればいい。
こういう状態が現れやすくするには、どうすればいいか。

ゲーム中のどこかで何度も戦闘力の上昇が停滞したり、逆に急上昇する時間帯が現れる。
停滞した時期には一族のキャラクターは戦闘で敗北しやすく、急上昇する時期にはパチスロのフィーバータイムのごとき快進撃が続く。
結果として「親の仇を子供が討つ」状況も高確率で生じる。
(算数が苦手な人のためにいちおう書いておくと、時間プレイしても十人にひとりにしか起きない偶然も、20時間プレイして一度も起きない確率は約1%。100人のうち99人が経験する)
もちろん仇となる敵と親も子も戦わないことには、親の仇を子供が討つ状況にはならない。
よって、仇となりやすい敵はフィールド内を徘徊させず、次のステージに進むためには避けて通れない場所に固定。
また、それらの敵は、仇と認識しやすいように固有の姿と名前をもたせた。
さて、本節のポイント。
ゲームというメディアでは、テーマをシナリオで語るのではなく、目に見えないシステムやバランスをコントロールすることでプレイヤーの体験を通して伝えることもできる。
これは、ゲームが他のエンターテイメントに勝っている手法だと僕は思うのだが、この手法をメインにしたゲームは意外なほど少ない。

この部は自分が作ることはないであろう、シナリオ・ドラマについて触れています。
同感するところは最後の一節。
「ゲームというメディアでは、テーマをシナリオで語るのではなく、目に見えないシステムやバランスをコントロールすることでプレイヤーの体験を通して伝えることもできる。」
「ゲームが他のエンターテイメントに勝っている手法」
シナリオを伝えるだけならば、映像(ドラマやアニメ、マンガ等)の方に分があると考えます。
ゲームで伝えるのであれば、ゲームであるメリットを活かすのが王道なのではないかと思うのです。
今の自分には、伝えたいメッセージがないです。
ですので、無為に時間を浪費して、楽しんでいられるようなゲームを作りたいと思っています。
なんというか、人生の息抜きですよ。
どんなものにも生産性!とか求めちゃいけません(笑)

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